人の面白み
マッキーの曲のタイトルみたくなってしまったけど、最近、いやむかしからずっと思ってたことなんですけどね、面白くない人なんていないと思うのですよ、本当に。
みんながみんな面白い人なんですよと。面白いよなぁ人って。
そりゃ僕だって気に入らない人や自分と合わない人もいるけど、そんな人でもなにかしら絶対面白いところはあるし、そこはなにも否定できないからね。
例えば誰かと初対面で会って数分話しただけですぐに話が面白くて話しやすいなぁと思う人もいれば、なんか会話も続かなかったり、話しづらいなぁと思う人もいるでしょう。
これだと前者は面白い人、後者は面白くない人というレッテルをすぐ貼るひともいると思います。だけど僕は後者をこの数分でそういうレッテルを貼るのは違うなぁと思うのです。
それはまだその人の面白みにたどり着けてないだけでもう少し踏み込めれば面白みまでたどり着くはずだからです。そういう可能性がみんなにあるのだと。
考えてみればね、友達や会社の人などわりと会ってる人たちでさえその人の経験してきたことや考えていることの全てを知ってるわけではないので、まだまだ面白みのポテンシャルは山ほどあると考えていい思うんですよ。
自分意外の人は自分とはまったく違うところで生活してて違う思考を持っている(あたりまえだ)のだから、その人のアイデンティティーにスポットを当ててあげればザクザクその人の面白みが出てくるはずです。
僕はわりとそういった心構えを持って人に接するので誰でも人としての面白みを感じることができます。ありがたいことに。
この人の面白みはどこかなぁなんて考えて接してます。話しをしててもいろいろ質問をぶつけながらその人の面白みがでてきそうな方向にどんどん突き進みます。なので聞き上手だねぇなんて言われることもしばしば。まぁ最初からいきなりグイグイ話すタイプではないけどもね。
まぁそうやって人の面白い部分を知って刺激を受けたり、無意識に自分と比べたりするのが好きなのかな、自分は。
自分の知らないことだらけだからこそ
「みんな、なんでも知ってるつもりでもほんとは知らないことがたくさんあるんだよ。」
リリー・フランキーさんがおでんくんという絵本で書かれていた言葉です。もうこれなんです。自分的には。人に対してもこの考え。
自分は何も知らないのだ、と肝に命じていれば知らないことを知る面白み、楽しみなんてのは自分のまわりにいくらでもあるのだなと。
それは一生かかっても人を通じて知れることなんてどれくらいあるものなのか。
あれ?なんか怪しい話しになってます?
まぁ、まじめぶって(?)書いてますけど、ヘラヘラとピースな感じで楽しく過ごしていきたいなーってことを言いたかっただけなんですけどね。
自分が上とか下とか、えらいとかえらくないとか、人をけなしたりとか、蔑(さげす)んだりとかしないでさ。
こころに余裕を。ピース。